そして翌日十二月二十四日。
この日は聖夜、クリスマス・イブだが、それを素直に祝える人物は極少数であろう。
しかし、奇妙といえば奇妙な状況である。
戦況は間違いなく『六王権』軍は劣勢に立たされている。
軍の重鎮である二十七祖を次々と失い、もはや余力を残しての侵攻等不可能。
人類側は侵攻されていた地域を次々と解放しパリ、セビーリャ、モスクワ、イスタンブール、ロンドンを最重要拠点として包囲も完成している。
だと言うのに『六王権』軍が仕掛けた巧妙な情報操作は世界に騒乱の火種をばら撒き続け、人の欲望は災厄と言う種をやはり世界に撒き散らし、惨劇悲劇と言う花々を咲かせている。
全世界は勿論、日本でも先日の事件以降、軒並み沈み込みクリスマスだというのに街に活気はない。
そんな中、『七星館』だけは他と違い、にぎやかな活気に満ちていた。
五十三『十二月二十四日・死神』
何が行われようとしているのか?
士郎と志貴の壮行会である。
二人は明日、二十五日には転移でイスタンブールに向かい現地で最後の休養をとり、二十六日にチョルルから『闇千年城』に向う。
『闇千年城』までの移動手段等はエレイシアが中心となってその手はずは整えられているし、またゼルレッチ、コーバックがその能力をかけて新たな装備品をまもなく完成させると言う知らせも届いている。
また『七夫人』は二十六日は全員イスタンブールに集結し、二十七日の『六王権』軍総攻撃に備える。
ちなみに青子、ゼルレッチ、コーバック、フィナ、プライミッツはモスクワにて別働隊として布陣する事になっている。
話が逸れたが、『七星館』では夜の宴に向けて数々の準備が整えられているのだが、壮行される側の人物達はと言えば、
「士郎これでいい?」
「ええそれで十分です。じゃあ次は」
「士郎君、盛り付け終わったわ」
「じゃあ今度は汁物の下拵えを」
士郎は台所で『七夫人』の琥珀、さつき、アルクェイド、アルトルージュを従えて、てきぱきと料理の指示を下し、宴会場では、
「翡翠、食膳はこれで全部か?」
「うん、後は並べるだけだよ」
「シオン、座布団はどれだけ用意すればよろしいかしら?」
志貴が翡翠、秋葉、シオンと共に準備に余念がない。
本当であれば壮行される二人は寛いでいれば良い筈なのだが、『七夫人』達だけを働かせる事を良しとしなかったのか、それともただの貧乏性なのか、気が付けば二人共自分達の壮行会準備の手伝いをしていた。
そこに
「やっほー志貴」
「邪魔をするぞ」
「お邪魔するでー」
いつもの調子で青子、ゼルレッチ、コーバックがやって来た。
「先生、あれ?橙子さんは?」
「あー、うちの姉貴?一応招待の旨は伝えたけど『面倒だからパス』の一言で断られたわ」
「そ、そうですか・・・」
予測出来ていたがこうも見事に的中し、思わず志貴は苦笑する。
「それよりも志貴、何でおのれ手伝っておるのや?主役なんやし、どかっと座っとったらええやろ?」
「どうもそう言うのは性に合わないんで、士郎も台所で料理の手伝いしてますし」
「どっちもどっちか・・・」
そう言って苦笑しているとそこへメディアと宗一郎の葛木夫婦が姿を現し、その後ろからアルトリア、凛、桜、メドゥーサ、イリヤ、セラ、リーズリット、カレンに加えてルヴィア、そして何故かバルトメロイまで姿を現した。
「お邪魔するわよ」
「・・・えっと・・・すごいメンバー来ましたね」
予想通りのメンバーと予想外の面子を眼にして志貴もしばし言葉に迷う。
「とりあえず士郎、呼んできます」
数分後、志貴に呼ばれた士郎が絶句した事は言うまでも無い。
何しろロンドンで現地防衛の任についている筈の凛達に加えて最前線の司令官である筈のバルトメロイが姿を現したのだから。
話を聞いて見れば事此処に至りようやく協会も決断を下し、凛達をパリ、セビーリャに派遣する事が決定した。
ちなみにセタンタ、バゼット、ディルムッド、イスカンダルは既にセビーリャに向いヘラクレスはパリに駐留しているとの事だ。
そして今回来たメンバーもバルトメロイも含めてアルトリア、メドゥーサ、凛、桜、イリヤ、セラ、リーズリット、ルヴィア、カレンはパリにメディアそして宗一郎はセビーリャへと向う事になっている。
その前と言うことで二十六日まで休暇を貰ったとの事らしい。
貰ったのか、それとも強引に分捕ったのかは不明であるが。
で、今日の事をメディアから聞き及びやってきたと言う事だ。
「・・・志貴食膳とか追加しないとな」
「料理は?」
「そっちも増やさないと、幸い時間も材料もあるからどうにでもなる」
思わぬ来客の増加だったが、偶然なのか見通していたのか食器や食材には十分余裕があり、対応は可能であった。
そんな会話を尻目にアルトリアが
「ああ、シロウの料理が久しぶりに食べられるのですね」
と、文字通り夢心地の表情をする。
ロンドン攻防戦から四ヶ月あまり士郎が作る食事から離れていた彼女にとっては待ち焦がれた時なのかもしれない。
だがそんな気分を吹き飛ばすように
「気持ちは判りますね。エミヤの作る料理は華やかこそ欠けますが、味は一流シェフにも劣らぬもの、私も久方ぶりに食べられるので楽しみです」
以前に比べると遥かに柔和な表情でそんな発言をしたのはバルトメロイだった。
ほんの一瞬それを聞き逃しそうになった一堂だったが、直ぐにその意味を理解し、辺りの空気は瞬く間に氷点下にまで急降下した。
「どういうことなのですか?現代最高峰の魔術師(ザ・クィーン)、何故貴女がシロウの料理が美味である事を知っているのでしょうか?」
つい数秒前までの上機嫌などあっという間に霧散し場の空気すら捻じ曲がるほどの殺気を撒き散らしてアルトリアが詰問する。
しかし、それを受けるバルトメロイは平然としたもので
「?驚くような事ですか?私はエミヤの料理は美味であると言っただけですが」
何処か的外れの返答を返すだけだった。
「ですから、バルトメロイ、何時衛宮君の料理を食べたのかそれを私達は聞きたいのですよ」
そこへ業を煮やしたのか、言葉を足すように凛が助け舟を出す。
その表情は引きつった笑顔でその本心は誰が見ても明白だった。
「何時?二、三ヶ月前に頂いてから何度か」
「・・・そうなのですか・・・士郎・・・どういう事って・・・逃げやがったな」
だが、この時士郎は既に台所に逃走を成功していた。
バルトメロイが口を開いた瞬間、この様な事を予測していたのだろう、実に素晴らしい逃走だった。
だが、元々逃げ場等ない所で逃げ出した所で問題の先送りだけにしかならない。
その程度の事を士郎がわからないとは思えなかったが、おそらく気が動転したのだろう。
だが、幸か不幸か子作りの事はこの時点ではバルトメロイ本人から漏れる事はなかった。
そして、全ての準備も整い、士郎達の壮行会が始まったのは夜になってからだった。
壮行会と言っても、仰々しい事は何もせず、乾杯した後は各々自由に飲み食いを楽しんでいるだけだが。
そんな中でも対極的な空気を発しているのが志貴と士郎だ。
志貴は志貴で
「はい志貴」
「志貴君次は私ね」
「志貴ちゃん私のも食べて」
次から次へと『七夫人』が箸を出して食べさせようとして志貴は自分の箸を使う暇を与えられていなかった。
一方の士郎はと言えば
「で、衛宮君何時からバルトメロイを家に上げたのかしら?」
「いや、それは・・・」
「おまけに何度もご馳走したそうですね先輩・・・」
「それも止むに止まれずだな」
「シロウ!!貴方には危機感が足りなさ過ぎる!いくら狙う気が無くなったとは言えつい先日までは貴方を殺そうとしていたのですよ!!それを家に入れただけに留まらず食事まで与えるとは、何処までお人好しなんですか!!」
凛、桜、アルトリアに取り囲まれ尋問兼説教の真っ最中で食事を取る暇を与えられていなかった。
なのに尋問する側は食事を取りながらなのだから、かなり不公平極まりない。
他の面々は凛達に士郎の尋問を任せたのだろう。
そ知らぬ顔で食事を楽しみ士郎に助け舟を出す味方は一人もいない。
(何名か士郎の不幸を見て我が幸福という者もいるが)
そしてそんな対極な二人を見て笑う師匠達。
こうして時間は過ぎ去っていった。
「「ふう・・・」」
壮行会(の名を借りた宴)も終わり、後片付けまでした志貴と士郎は計った様に溜息をつく。
ゼルレッチ、コーバック、青子はイスタンブールに向かったが他のメンバーは『七星館』で一泊する事になった。
今二人は浴室で入浴の真っ最中だった。
士郎も今日はここで泊まる事になっている。
「大変だったな」
「ああ、お互いにな」
志貴は『七夫人』が休ませる暇もなく次から次へと食べさせるのでやや食べ過ぎの感があった。
それに引き換え士郎はと言えば尋問によってほとんど食べられず、しかも自分の分をアルトリアが根こそぎ食べられると言う悲劇にも見舞われていた。
だが幸運にも志貴の分が手付かずで残っていたので、それを貰う事でどうにか食事抜きという事態は避けられたのだが。
湯船で寛ぎながら二人は他愛の無い話に花を咲かせる。
「もしかしたら今日のこれが最後の宴かもな」
「・・・そうだな」
不意にポツリと士郎が零した言葉に志貴も肯定する。
今日までやれる事は全てやって来た。
志貴の戦闘の勘もほぼ取り戻したと言って良い。
同時に士郎も『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』と刻印の錬度も鍛え上げられた。
それに二人共自分の奥底の領域を使いこなすには至らないがそれでも自覚出来る段階まで引き上げられた。
だが、相手は『六王権』、そしてその最高側近『影』。
いや、もしかしたら『六師』までもがこれに加わる可能性だって否定出来ない。
それを考えると二人共先の事を楽観視は出来ない。
「だけど・・・」
「ああ、勝たなくちゃな・・・先の為にも」
「そうだな。『六王権』の・・・『陽』の言葉も一理ある。この星にとって、人類は害なのかも知れない。だが、かといって人類全てを滅ぼす事が肯定されていい筈がない。お師匠様だって人の正の部分を知るからこそ人をまだ信じようと思っているだから・・・」
志貴の言葉に無言で頷く士郎。
「ああ・・・正義の為とか世界の為とかじゃない。まだ俺にそんな力はない。無いのだとしたらせめて・・・俺は手の届く範囲だけだとしても、俺は守りたい皆を・・・その為なら俺は喜んで剣を、力を振るう」
二人共世界の為とかそんな大袈裟なものの為ではない。
自分たちが守りたいと思う人や場所の為に戦う。
それだけだった。
風呂から上がって士郎はいつも『七星館』に泊まる時に使う客間に志貴は自分の寝室に向う。
「じゃあ明日は・・・」
「朝の十時にイスタンブールに向おう、そこで師匠に装備を受け取り現地で最後の一泊、そして二十六日にチョルルへ」
「判った。じゃあ志貴おやすみ」
「ああ、ゆっくり休め、士郎」
頷きあって、それぞれの部屋へと向う。
そしてそれぞれにとって長い一夜が始まる。
志貴が自室の襖を開けるとそこにはいつか見た光景があった。
「えっと・・・何してるんだ皆して・・・というか朱鷺恵姉さんまで」
そこには揃って襦袢に袖を通した『七夫人』、レン、朱鷺恵が正座して志貴を待っていた。
そんな光景にしばし絶句していた志貴だったが気を取り直して肝心な事を尋ねる。
「何って・・・エッチしに来たの」
そんな志貴の質問に直球で返答したのは予想通りアルクェイド。
「え?でもなんでこんな急に・・・というか全員で」
思わぬ事に志貴が眼を白黒させていると、どう言う訳か泣き出しそうな琥珀が思わぬことを尋ねてきた。
「志貴ちゃん・・・死なないよね?」
「え・・・」
思わぬ問い掛けに声を詰まらせる志貴。
それを見て全員不安に表情を曇らせる。
「志貴君・・・死ぬ気なの?『六王権』と相討ちで」
「いや、それは」
無いと言いたかった。
だが、『六王権』との決着は今までのそれとは訳が違う事を志貴は誰よりも判っていた。
身近に存在していたにもかかわらず、今まで最も縁のなかった死をいやでも意識してしまう。
死ぬかもしれない。
だが、ただで死ぬ気も無い、絶命する寸前に『六王権』の死点を突けばそれで事は終わる。
そんな思惑が顔に出たのか、それともそれとなしに感づいたのか、翡翠が志貴の胸元に飛び込む。
それに釣られるように琥珀が志貴の背中に縋り付く。
「翡翠・・・琥珀・・・」
「やだよ・・・志貴ちゃん、死んじゃやだ・・・」
「ぐすっ・・・志貴ちゃん、死なないでよ・・・」
背中と胸元に何かで濡れる。
更に志貴の腕に縋り付く様にシオンが寄り添う。
「シオン?」
「志貴・・・私は・・・友も、父も母も・・・この戦争で失いました・・・辛かった・・・悲しかった・・・でも生きていけたのは志貴、貴方がいたからです・・・ですが、もしも貴方まで失えば・・・私は生きていく力を全て失います・・・」
「・・・」
見れば他の夫人も今にも涙が零れそうな眼で志貴を見ている。
「それに志貴君・・・カール君どうするの?」
「!!」
朱鷺恵の言葉に脳天をハンマーで叩きつけられたような衝撃が走る。
黄理の家に預けられ育てられている自分の息子の事を今更だが思い出していた。
先刻の宴でも真姫が連れて来て志貴は自分の手で抱きかかえていたと言うのに。
「志貴君、志貴君はもう簡単には死ねないの。志貴君の事を慕っている子が私も含めてここにいるんだから。もしも志貴君死んだら、皆後を追っちゃうかも知れないわよ」
「それは・・・!」
無いと言い切れない。
志貴が言うのもなんだが『七夫人』は大なり小なり志貴に心身共に依存しきっている。
特に幼馴染である『双正妻』とこの戦争で家族を失ったシオンはその傾向が顕著だ。
先程シオンが言ったように志貴の死亡の報が届けば全員全てに絶望して志貴の後を追い死のうと考えるだろう。
「だから志貴君、私達を安心させてほしいの」
「安心・・・ですか?」
「そう、私達に志貴君のぬくもりを徹底的に刻み込んで。それで出来れば志貴君の赤ちゃん産ませて」
朱鷺恵のいたずらっぽく微笑む言葉に全員眼の色を変える。
直ぐ傍で泣いていた三人までもだ。
その豹変を眼にして、そして自身が背負っている責任を感じながら乾いた、だが、明るい笑みを志貴は零す。
「・・・は、はははは・・・そうだな朱鷺恵姉さんの言う通りだ。俺は死ねない。みっともなくても、這ってでも帰らないと・・・これだけ待っている人がいるんだからな。それに俺の子供ってカール一人なんだよな・・・いい加減、あいつに妹や弟作らないとな」
そう言うと対面の翡翠を押し倒す。
突然の行動に翡翠が小さく悲鳴を上げる。
「全員ここにいるって事は・・・覚悟は出来ているよな。今日は本気でするからな」
志貴のその言葉に全員不安と歓喜で身体が震え、彼女達の女が疼くのを自覚した。
それから数時間、時間は短かった筈だが『九夫人』達にとっては何十時間と感じるほど長かった。
そして彼女達は快楽の天国と快楽の地獄を同時に味わい、徹底的に志貴に蹂躙された。
その勢いたるや初夜でのそれを上回る。
「ひぃぃぃぃ・・・も、もうだめぇ・・・」
「志貴ちゃん・・・気持ち良いよう・・・」
その結果、半分気絶している『九夫人』がうわ言を発しながらその全身、いやその中にまで志貴の欲望の証を受け、同性から見ても魅惑の肢体を曝け出して、横たわっている。
レンも主鷺恵も一切の例外は無い。
志貴ただ一人だけがしゃきっとして全員の身体を清めている。
「ぁ、ぁぁぁ・・・」
その度に発せられる、喘ぎ声と身じろぎする度に震える裸体、そして清める時に布越しに感じる妻達の柔肌の感触。
聴覚、視覚、触覚からの刺激で駆られる衝動を必死に押さえ込みながら。
いつもであれば、気絶していようとも自身の衝動の赴くままに、やる事はやるのだが、三日後には全世界の運命をかけた戦いが始まる。
その時にやり過ぎで参戦できませんでした、その為に負けましたでは泣くに泣けないし笑い話にもならない。
自身の煩悩と戦いながら、身体を清め、襦袢を着させ、清潔な布団を新たに敷いて(今まで敷いていた布団は全てすごい事になっていて寝れるものではないから)そこに全員を寝かせる。
そこまで終わらせてから志貴は再び浴室に向かい一人で風呂に入り、自分の体を清める。
風呂から上がると志貴は台所から秘蔵の日本酒と茶碗を何故だか二つ。
そしてつまみ代わりにする気なのか荒塩を小皿に乗ると自身の寝室ではなく縁側に向う。
『七星館』ではそこが一番月が良く見える場所で志貴が一人で月見酒をする時はこの場所を好んだ。
とそこへ
「志貴?」
客間の方角から何故か疲れた表情の士郎が、こちらに向って歩いてくる所だった。
「士郎かどうした?」
「いや、ちょっとな・・・それよりもお前こそどうしたんだこんな時間に?」
「ちょっと酒をな、それよりもお前も風呂に入るんだろう?まだ沸いているから」
志貴の全て判っているかのような発言にぎょっとした士郎が恐る恐る尋ねる。
「もしかして・・・見てたのか?」
「まさか、俺もついさっきまで風呂に入り直していたんだ。多分お前と同じ理由で」
「えっと・・・アルクェイドさん達は・・・」
「初夜以来だったからな全員を同時に味わうのは、だからかなり張り切った」
志貴の返答は少しずれたものだったがそれだけで十分に判った。
「・・・ご愁傷様です・・・」
思わず志貴の寝室に向って合掌する士郎。
「何だそりゃ、それよりも入るなら早く入れ。ゆるくなっちまうぞ」
「ああ、判った」
「それと上がったら此処で一杯やろうぜ。俺達だけの儀式みたいにな」
ああと一つ頷き士郎は風呂場に向かい歩を進めた。
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